W杯・決勝戦の印象

サッカーW杯の決勝戦が、PK合戦によって決着するとは・・・。もうそろそろいい加減に、人々はこの悪しき風習から脱却する術を本気になって探すべきだろう。昨夜もフランスのドメネク監督が試合後にこう語っていた。『フランスは試合に負けたわけではなく引き分けたのだ。PK戦は引き分けた試合で決着をつけるためのものであり、こういう結末に収れんすることもある』。これはまさしく、PK戦の本質を言い表したものである。PK戦に勝利することは試合に勝利することでもなければ、W杯という国際大会に勝利することでもない。単に次の試合に進むチームを決めるためだけのものである。にもかかわらず、決勝戦の勝者をこのPK戦によって決定するのはいかがなものかと思う。この世の多くの人々は、PKをクロスバーにヒットさせたトレゼゲを責めたりしないと思うが、勝敗を分けた責任の所在が明確になりすぎるPK戦はサッカーの本質とはかけ離れていると思う。

もし人々がPK戦に拘泥するのなら、PK戦は90分終わったところでやればいい。90分が終わって延長戦に入る前に、PK戦による勝者を先に決めておくのである。そして延長戦をおこない、前後半30分が終わったところで片方のチームがリードしていればそのチームの勝ち。もし延長戦が終わったところで同点の場合には、延長戦開始前におこなったPK戦による勝者を勝利チームとするのである。こうすればPKを失敗した選手の責任はおそらく軽減されるはず。なぜなら、PKで失敗した選手やPK戦で負けたチームは、そのあとの延長戦30分間でゴールを決めてやろうと本気になるからである。そのほうが延長戦は、間違いなくおもしろい展開になる。そして何かの事情でそれができないというのなら、決勝戦に関しては両チーム優勝にしてしまうか、いっそのこと再試合にするべきだろう。いずれにしても、PK戦で優勝チームを決める行為はサッカーの死を意味していると思う。

個人的には、ジダンが頭突きで退場処分を受けたことに関しては残念な気持ちを禁じえない。しかしあの瞬間、マテラッツィはジダンに向かって“アルジェリアのテロリストめ”などと差別発言を発していたという話もある。もしそれが真実なら、ジダンだけが退場になるのは不公平なジャッジということもできる。ジダンの退場処分は、第4審判がビデオで確認したうえで下された判定だという。暴力行為はビデオで確認できるが、差別発言はビデオには録画されないからねぇ・・・。主審と副審がジダンの頭突きを見逃していた様子が見受けられたから、なんとかして無罪放免にならないものかと願ったものだが・・・(頭突き自体が許される行為でないと分かっているが)。いずれにしても、世界が注目しているW杯の決勝戦の最後の10分ほどが、ブーイングにつつまれてしまったことが残念でならない。PK戦による決着といい、退場者が出たことといい、何者かに盗まれてしまったような印象の決勝戦だった。
[PR]
by akira-takeuchi | 2006-07-11 00:58 | サッカー
<< 岡山県予選1回戦・金川岡山御津... まだ1点とる時間はある、たしか... >>