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2017年からJリーグは1ステージ制に回帰

聞くところによると、リーグが10年で2100億円という放映権の契約を結ぶことができ、来年からは収入増が見込まれるので1ステージ制に戻すという。世界のサッカーの潮流を見れば、そんな当たり前のことができなかったこの2年間が異常なだけ。資金の工面ができないとリーグを1ステージで開催することができないなんてのは、存在基盤があまりにも脆弱と言うほかないだろう。ともかく、当たり前の姿に戻ることはうれしく思う。それにしても、優勝賞金が大幅に増えることはいいことだ。チャンピオンシップのスポンサーなどに支払う違約金(?)はどうなるのかな、とは思うが。いずれにせよ、優勝チームの決定方法があまりに複雑すぎる変テコな風習が撤廃されて万歳三唱だろう。
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by akira-takeuchi | 2016-09-07 23:49 | サッカー

Jリーグチャンピオンシップ決勝第2戦・サンフレッチェ広島vガンバ大阪

気がつけば、一年以上このブログを更新していなかった。決して放置するつもりはなかったのだが、サッカーを見に行っていなかったので、更新しようにも書く内容がなかったのが実際のところなわけで。正直に言うと、今季からはじまった2ステージ制に私は反対であり、このため今年になってからは国内のサッカーをあまり積極的に見ようと思わなくなっていた。今季は最初から思っていた通りシーズン終盤になると順位表が2つ必要となり(年間総合勝ち点表と第2ステージだけの勝ち点表)、その段階で実質的にどのチームが上位なのかなどが、非常に分かりづらい状況になっていた。

しかも第2ステージ終了後におこなうチャンピオンシップのレギュレーションは、結局最後まで理解することができなかった。年間勝ち点1位チームがシードされて決勝戦から出場することは理解できたが、そこに到るまでの1回戦と準決勝は、どのようにして出場チームが決まり、執り行われるのかよく分からなかった(ざっと目を通したあとでもよく分からない)。たとえば準決勝の浦和vG大阪の試合は、90分を終えて同点の場合に延長戦をおこなうことを、事前に知っていて試合を見ていた人はどれほどいるのだろうか。いずれにせよ、リーグの優勝を決める方法がこれほど複雑であることが、ファンを多く獲得するために本当に求められるものであるかというと、それは甚だ疑問であると言わざるを得まい。

別件にはなるが、一連の国立競技場建て替え問題が勃発して以降、私は長年続けてきたtoto(サッカーくじ)を買うのもやめた。私の希望するような競技場が建設されないことがはっきりしている以上、売り上げの一部を新国立競技場の建設費用に充てるサッカーくじに賛同する気にはならない。この一年あまり、いろいろな意味において、私の中でサッカーに対する関心は薄らいでいく一方である。しかも国立競技場に関しては、今から建設を始めても2019年のラグビーW杯の開幕戦にはもはや間に合わないとか。同じことがラグビー王国であるニュージーランドやイングランドで起これば、暴動は避けられないであろう。

それはさておき、久しぶりにJリーグの優勝チームが決定する試合が近県でおこなわれることになったので、チャンピオンシップ(以下CS)決勝戦の第2戦を見に行くことにした。それにしても・・・、第1戦終了間際の劇的な展開は、いったい何だったんだろうと今でも思える。特にG大阪#15の最後のスローインは、まったく急ぐ必要のない状況だったのに、なぜあれほど急(せ)いていたのだろうか。G大阪としてはリードして終えるに越したことはなかっただろうが、一人少ない状況になってしまっていた以上、2-2がそれほど悪いスコアだとは思えなかった。にもかかわらず、圧力を増して攻撃に人数をかけてくる相手に、なぜ加担するようなプレーをしたのか甚だ疑問だ。1ステージ制でもCSありの2ステージ制だとしても、リーグの優勝がかかった試合であのような粗末なプレーが終盤に見受けられるようでは、必ずしもリーグ全体(日本のサッカー)のレベルが高いとは思えなくなってくる。そして第2戦を見に行くつもりでいた私としては、第1戦をビジターチームがリードして終えるという、いささかテンションの上がらない状況で第2戦を迎えなければならなくなったことが哀しかった。

そういえば、今回のCSで気になったのがチケットの値段。第2戦のSA指定席のチケットは6,000円だった。普段のリーグ戦と比べて高い値段設定になっていたが、G大阪のホームでおこなわれた第1戦のチケット価格は、リーグ戦と同じ値段設定だったように思う。主催(主管)する試合のチケット料金を決めるのはチームの自由なので文句を言うつもりなどないのだが、通常の試合が3,700円であることを知っているので、さすがに足元を見ているなぁと思う。ちなみに、たしか11年前におこなわれたCS第2戦(浦和v横浜FM)を見に埼玉スタジアムへ行ったが、チケット料金はバックスタンド2階席のSC指定席が2,500円でリーグ戦のときと同じ価格だったはず。当時はインターネットもなく、1時間20分ほど公衆電話からダイヤルしてチケットを予約したことを今でも覚えている。

チケット料金とあわせて気になったのが第1戦翌日の報道。“広島、先勝”とか“劇的逆転勝ち”などと見出しが躍っていた。2試合の合計で争うこの決勝戦においては、第1戦の90分をリードして終わっただけではまだ勝敗は決していないのに、先勝というのは違和感を禁じえない。第2戦に向けて優位に立ったとは言えるだろうが、(2試合の合計で)勝ったわけでもないのにまるでこの1試合で優勝が決まったかの錯覚を覚えさせるような活字を見せつけられると、日本のサッカーの報道はまだサッカーの本質を理解していないのではないかと思わされる。これは人それぞれの感じ方の違いなんだろうけど。

さて現場で第2戦を見たことについて書き綴ってみる。さすがに優勝決定の試合だけあって、現場には多くの報道関係者が記者席に来ていた。テレビで見たことのある方や、記事を読んだりしたことのあるライターの方も座っておられたようにお見受けしたが・・・、まぁ敢えてこの場にお名前を出さないことにしておこう。そしてこの日の私の席はメインスタンドの前から2列目。いつもと違って、いささか全体を見渡しにくい席からの観戦となった。しかし試合開始前からスタンドを埋めつくしていた両チームのサポーターが醸しだす雰囲気が素晴らしかった。

試合は2点差以上での勝利が必要となったG大阪が、前半開始から人数をかけて試合を支配する。#7や#39を見て浮かれたくもなるが、全体を幅広く見渡すと右サイドから#13がよく攻撃にからんでくる。序盤から押し込むG大阪にはたびたびセットプレーのチャンスが訪れ、そのたびに広島がはね返していたが、前半の25分過ぎに右CKを#15が右足でゴールに押し込んでG大阪が0-1とした。私が望んでいた唯一の展開となって2試合合計3-3、次のG大阪がゴールを挙げると逆転できる。G大阪はさらに前線に圧力をかけるが、さすがに攻め疲れもあって徐々に間延びが生じ、そこを突いて広島もカウンターから反撃する。カウンター気味に攻撃の機会を得た広島の放ったシュートがG大阪ゴールのサイドネットを揺らしたが、惜しくもゴールの外側。次のゴールを挙げたほうが有利になる展開のまま、前半は0-1で折り返した。

後半も開始からG大阪が攻め込む。連戦の疲れもあろうが、球際への一歩がG大阪のほうが少し早いと感じる。G大阪としてはこの勢いが持続するうちに次の1点を挙げてしまいたいところだったが、なかなかゴールに到らない。やがて時間の経過とともにG大阪の運動量が落ちてきたのか、広島が攻め込む機会も多くなる。ところが広島は相手ゴールまで迫っても、緊迫した展開の影響かやや攻めが消極的でシュートまで到らない。チーム全体がややナーバスになっていると感じた。しかし広島はぎこちない攻撃が何度かくりかえされた後、途中出場した選手を中心にして右サイドを攻め上がり、放り込まれたクロスを#28が頭で押し込んで1-1の同点に追いついた。

こうなると再び2点が必要となるG大阪は、前線へ長いボールを放り込みはじめる。正直なところ1-1となった段階で勝負の行方はほぼ決したと思ったし、サッカーの持つエンターテイメント性も失われるだろうと思った。残った時間、G大阪はひたすらボールを放り込み、余裕の出た広島がそのたびにはね返してタイムアップの笛を聞いた。年間を通して安定した強さを持っていた広島が、一発勝負で求められる勝負強さも持ちえていることを示したCSの2試合だった。年間勝ち点の値が結果にそのまま反映され、正義が守られたことに胸をなで下ろしたというのが正直な感想である。

それにしても、この試合のとある場面で、カウンター攻撃のときにダッシュをした主審のスピードは速かった。試合全体を見るとプレーを流していることが多いように感じたが、判定を下すときの主審の位置取りは素晴らしいと感じた。ナイスレフリーである。そして試合後に広島#11が語っていたようだが、このCSというシステムについての議論が必要だと思っている選手もいるようだ。この不自然かつ不完全なリーグ優勝の決定方式は、撤廃もしくは再構築が必要だと思う。(観衆36,609人、主審:西村雄一)

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by akira-takeuchi | 2015-12-07 20:22 | サッカー

W杯開催国・大陸間持ちまわり制廃止に思うこと

2014年のサッカーW杯開催国が、ブラジルに決定した。といっても、何年か前に2014年の大会を南米で開催することに決まった段階で、ブラジル以外の南米の国が開催することは不可能と目されていた。FIFAとしては、茶番じみた出来レースで開催国をブラジルに決定したくなかったらしく、対抗の候補地としてコロンビアに立候補させた(らしい)。しかし1986年のW杯のときに開催地がコロンビアに決まっていたのに、大会の1年くらい前になってメキシコに代替開催された現実を私は知っている(コロンビアで大きな地震があったため)。そんなわけで、コロンビアにW杯が開催できると思っていた人間はこの世にひとりもいなかっただろう。結局、コロンビアが立候補を取りやめ、対立候補のないままにブラジルがW杯開催国に決定した。

この決定に、異を唱えるつもりはない。サッカー大国・ブラジルでの開催を心から歓迎する(ただし私が現地へ観戦に行くかどうかは別)。それより、もう50年以上もこの大国でW杯を開催していないことのほうが問題だったと思う。たしかにブラジルはリオやサンパウロにスラム街があり、治安面において一抹の不安はぬぐえないと思う。しかしそうはいっても、経済的に破綻したアルゼンチンで開催することが困難である以上、南米で開催地を選ぶとブラジルしかないだろう。南米の国なら、どこの国にもスラムはあるだろうし(すいません、あくまで偏見です)。

それはさておき、FIFAはこの2014年大会のブラジル開催決定を機に、開催国の大陸間持ちまわり制を廃止すると発表したようだ。2018年の大会以降は、直前の2大会を開催した大陸以外の国での開催を可能とするとのことである。その理由は、2014年の開催国決定においてブラジル1国しか立候補がなく、開催国決定が公平性に欠けるというのだから笑える。おいおい、それじゃあ、2002年からアジア→欧州→アフリカ→南米と来たのに、北米と豪州の大陸がないじゃないか。1994年に米国が開催しているから北米大陸はいいとして、豪州大陸はFIFAにとって単なる島だったってことか?


ここからは私の邪推だ。思うに豪州はもともとオセアニア枠だったが、FIFAに(金を払って)頼み込んでW杯本大会に出場しやすいアジア枠に組み込んでもらった。その代わりに、W杯開催国の恩恵に浴することができなくなったのではないかと(豪州開催=アジア枠での開催となるため)。近年、豪州ではケガの多いラグビーやオージーフットボールより、サッカーの競技人口が増えつつあると聞く。2006年のドイツW杯における豪州の活躍は聞くに新しいが、開催国として豪州がW杯に参加すれば上位進出も望めただろう。さらに豪州は1987年と2003年にラグビーW杯を開催しており、W杯の開催国としての器は十分に持ち合わせているだけに残念である。

もともとW杯開催地の大陸持ちまわり制は、ブラッターがFIFA会長選挙の選挙対策としてアフリカや南米の票を確保したかったから始めたものだ。サッカーの世界的普及のためにアフリカや南米でもW杯を開催させてやるから、俺に一票入れろ、と。そして投票数だけ多くて富の少ないアフリカと南米での開催が決定したところで、大陸持ち回りは廃止かよ。まっとうな民主主義なら、ちゃんと6大陸すべてをまわってから開催国の大陸間持ちまわり制を廃止するのが筋というものだ。そんなわけで、FIFAのご都合主義(拝金主義)がそこかしこに垣間見える。そうはいったところで、日本もアジアで初開催という名目のもと、共同開催とはいえW杯を誘致に成功したわけだから、大陸間持ち回りの恩恵には浴した勝ち組といえよう。

こうなってくると、2014年のブラジル開催には目もくれず、世界中が2018年以降の大会を開催することに躍起になる。2006年の大会で開催地に立候補してドイツに敗れたイングランドをはじめ、米国、中国、中東諸国などが10年も先の2018年大会の開催を狙っている。日本もそのひとつといえるが、すでに出遅れの観は否めない。加えて、FIFAに積めるであろう金額も日本は中国や中東諸国に引けを取る。次にアジアでW杯を開催する国があるとすれば、それは中国か中東での共同開催だろう。

そもそも、FIFAがサッカーの国際試合のピッチに人工芝を導入したいともくろむ本当の理由は、W杯を砂漠地帯でも開催できるようにしたいからだといわれている。要するに、中東のオイルマネーがFIFAの目的なのである。風に舞い散る砂漠の砂がエンジンに入るためまともに車が走らなくなるのに、近年フォーミュラワンでさえ中東で開催されている。そう考えていくと、砂漠地帯でサッカーのW杯が開催されてもおかしくはないように思える。ただ、砂漠地帯は気温が高くなりすぎる。サッカーの世界的発展は私の望むところであるのだが、その競技特性を鑑みるに気象的に過酷な地でおこなうW杯はサッカーの持つ面白さをスポイルするものだと認識しておきたいところだ。
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by akira-takeuchi | 2008-02-02 14:10 | サッカー

J2第4節・京都サンガv徳島ヴォルティス

今日の京都は好天に恵まれ、暖かい春の日差しのもとでキックオフ。試合開始から京都が攻勢をしかけるが、徳島の守備がしのぐという展開。しかし前半の15分を過ぎたあたりから、試合は一進一退の攻防になった。徳島の守備がよかった(囲い込みが早い)のは事実だが、それ以上に連携が取れていない京都の攻撃があまりにお粗末だった。どんな練習をしているのかと疑いたくなるくらいに、無駄と思えるパスが多い。サイドのスペースに選手を走らせるにしても、中央から崩すにしても、ボールを受けた選手が前を向いて相手ゴールに突進する場面はほとんどなかった。前半はさしたる見せ場もないまま0-0で折り返した。

後半に入ってもおもしろみに欠ける展開は続いたが、左サイドからのクロスを#18が頭で合わせて徳島が先制。反撃に出たい京都は、直後にDFが1人退場。1人減ってしまって攻撃の形がまったく見えない京都は、終了間際にゴール前の混戦から得たPKで1-1の同点に追いつくのがやっとだった。さらに勝ち越し点を狙ってパワープレーを展開、シュートがポストを叩く不運もあったが、あの内容で勝ち点3をいただくのは虫が良すぎるというものだ。それよりも、10人になった相手に同点に追いつかれてしまった徳島がしくじったという感のある試合だった。気温14℃、観衆は5318人でおこなわれた試合。

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by akira-takeuchi | 2007-03-21 18:33 | サッカー

W杯・決勝戦の印象

サッカーW杯の決勝戦が、PK合戦によって決着するとは・・・。もうそろそろいい加減に、人々はこの悪しき風習から脱却する術を本気になって探すべきだろう。昨夜もフランスのドメネク監督が試合後にこう語っていた。『フランスは試合に負けたわけではなく引き分けたのだ。PK戦は引き分けた試合で決着をつけるためのものであり、こういう結末に収れんすることもある』。これはまさしく、PK戦の本質を言い表したものである。PK戦に勝利することは試合に勝利することでもなければ、W杯という国際大会に勝利することでもない。単に次の試合に進むチームを決めるためだけのものである。にもかかわらず、決勝戦の勝者をこのPK戦によって決定するのはいかがなものかと思う。この世の多くの人々は、PKをクロスバーにヒットさせたトレゼゲを責めたりしないと思うが、勝敗を分けた責任の所在が明確になりすぎるPK戦はサッカーの本質とはかけ離れていると思う。

もし人々がPK戦に拘泥するのなら、PK戦は90分終わったところでやればいい。90分が終わって延長戦に入る前に、PK戦による勝者を先に決めておくのである。そして延長戦をおこない、前後半30分が終わったところで片方のチームがリードしていればそのチームの勝ち。もし延長戦が終わったところで同点の場合には、延長戦開始前におこなったPK戦による勝者を勝利チームとするのである。こうすればPKを失敗した選手の責任はおそらく軽減されるはず。なぜなら、PKで失敗した選手やPK戦で負けたチームは、そのあとの延長戦30分間でゴールを決めてやろうと本気になるからである。そのほうが延長戦は、間違いなくおもしろい展開になる。そして何かの事情でそれができないというのなら、決勝戦に関しては両チーム優勝にしてしまうか、いっそのこと再試合にするべきだろう。いずれにしても、PK戦で優勝チームを決める行為はサッカーの死を意味していると思う。

個人的には、ジダンが頭突きで退場処分を受けたことに関しては残念な気持ちを禁じえない。しかしあの瞬間、マテラッツィはジダンに向かって“アルジェリアのテロリストめ”などと差別発言を発していたという話もある。もしそれが真実なら、ジダンだけが退場になるのは不公平なジャッジということもできる。ジダンの退場処分は、第4審判がビデオで確認したうえで下された判定だという。暴力行為はビデオで確認できるが、差別発言はビデオには録画されないからねぇ・・・。主審と副審がジダンの頭突きを見逃していた様子が見受けられたから、なんとかして無罪放免にならないものかと願ったものだが・・・(頭突き自体が許される行為でないと分かっているが)。いずれにしても、世界が注目しているW杯の決勝戦の最後の10分ほどが、ブーイングにつつまれてしまったことが残念でならない。PK戦による決着といい、退場者が出たことといい、何者かに盗まれてしまったような印象の決勝戦だった。
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by akira-takeuchi | 2006-07-11 00:58 | サッカー

まだ1点とる時間はある、たしかにあった・・・。

PK戦濃厚と思えた119分、イタリアが1点を先制。その次の瞬間、私はこう叫んだ。
 『まだ1点取る時間はある!』
しかしもう1点取ったのは、同点になるゴールを挙げるはずのドイツではなくイタリアだった。たしかに1点とる時間はあったが、思わず‘爆’という感じ。しかしながら、グロッソのゴールもデルピエロのゴールも見事の一言だろう。ただ、西ドイツ時代のドイツ代表のゲルマン魂を何度も見せつけられた私としては、願わくは1-0になったあとでドイツに同点に追いついてほしかったのだが・・・。

もし今回のW杯が私の願いが叶わない大会になるとするなら、今夜の準決勝の試合でジダンが警告を受けてしまい、フランスが決勝戦に進出したにもかかわらずジダンはプレーすることなく現役を引退してしまうのではないかと・・・。ただ、決勝戦の相手がドイツでなくなった以上、何者かの力によってジダンが警告を受けることはないと願いたいのだが・・・。
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by akira-takeuchi | 2006-07-05 23:38 | サッカー

潮時でしょう

中田英寿が公式サイトで現役引退を表明したようだ。彼らしいやり方といえる。自身のホームページで今回のドイツW杯が最後であると強調していたから、W杯終了後に多くのファンからやめないでほしいとメールが寄せられていたと聞く。たしかに一抹の寂しさを禁じえない心境ではある。

ただ、私個人はこのあたりが彼にとって潮時だと思う。彼は05-06シーズン、イングランドの超一流クラブとは言いがたいボルトン・ワンダラーズにレンタル移籍した。にもかかわらず彼は出場機会に恵まれることもなく、カップ戦要員としての役割しか与えられていなかった。たまにプレミアシップの試合に出場しても、相手の攻撃のスピードについていくことができないシーンを見てサッカー選手としてプレーが衰えているように感じていた人もいたのではないだろうか。シーズン終了後にボルトンは中田との契約を延長しないことを明らかにしていたが、それ以外のチームが中田を獲得するという話がまったくなかった。今さらJリーグに戻ってくることは彼のプライドが許さないだろうし、そうすればサッカーから離れるしか方法がないのではないかと思っていた。だから彼の決断を尊重したいと思うし、やめないでなどと言うつもりもまったくない。

正直なところ、ベルマーレ平塚に入団したころの中田はもっと表情が明るくて生き生きとしていて、心の底からサッカーを楽しんでいる選手のように思えていた。しかし年を経るごとに修行僧のような表情でプレーしていることが多くなり(特に日本代表でプレーしているとき)、その様子を見て気の毒に感じることも多かった。あまりに大きすぎるストレス(周囲の期待の裏返しでもあるのだが)のため、彼がサッカーを楽しめていないように思えていた。だから彼自身も引退を発表して、どこかほっとした気持ちでいるのではないだろうか。

以前、彼は大学へ通ってみたい(学位をとりたい)と語っていたことがある。彼ほど外国語が堪能であれば、日本に帰ってこなくても大学に通うこともできるだろう。大学でどんなことを学んでみたいと思っているのかは分からないが、強い意志があれば今から勉強にいそしむことも可能だと思う。彼の今後の人生に期待したい。これまで我々に希望を与えてくれてありがとう。
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by akira-takeuchi | 2006-07-04 01:47 | サッカー